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名古屋地方裁判所 昭和60年(行ウ)1号 判決

原告

渡辺良子

渡辺康廣

右両名訴訟代理人弁護士

長谷川弘

早川忠宏

被告

名古屋西税務署長

中村秋

右指定代理人

高瀬正毅

外三名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告が、原告渡辺良子に対し、同原告の昭和五五年分の所得税について、同五八年六月三〇日付でした更正のうち総所得金額四八七万一三三五円、分離課税の長期譲渡所得の金額四九〇八万七七四九円、税額一一二一万四〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

二被告が、原告渡辺康廣に対し、同原告の昭和五五年分の所得税について、同五八年六月三〇日付でした更正のうち総所得金額二〇六万六四〇八円、分離課税の長期譲渡所得の金額一〇八万一三〇二円、税額二五万一三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告らが、それぞれの昭和五五年分の所得税について被告のした更正(ただし、各原告の申告額を超える部分)及び過少申告加算税賦課決定はいずれも各原告の所得を過大に認定してされた違法な行政処分であるとして、その取消しを求める訴訟である。

一本件の争点

本件の争点は、原告らの分離課税の長期譲渡所得金額の算出に当たり、別紙物件目録記載(二)の建物(隣接建物)のうち一階部分(六店舗)合計床面積368.22平方メートル及び同目録記載(一)の土地(本件土地)のうち右建物部分の区分所有に係る持分(以下両者を併せて「被告主張買換資産」という。)に加えて、同目録記載(三)の建物(本件建物)及び本件建物に対応する本件土地の持分を買換資産に含めるべきか否か、すなわち、二階建の本件建物が六階建の隣接建物と一体として租税特別措置法(昭和五六年法律第一三号による改正前のもの。以下「法」という。)三七条の五第一項に規定する「地上階数四以上の中高層の耐火共同住宅」に該当するといえるか否かということである。

二争いのない事実

1  課税の経緯

原告らの昭和五五年分所得税の課税の経緯は、別表一及び二のとおりである。

2  総所得金額

(一) 原告良子 四八七万一三三五円

不動産所得の金額二四六万二七九九円及び一時所得の金額二四〇万八五三六円の合計額。

(二) 原告康廣 二〇六万六四〇八円

不動産所得の金額一八万七三四四円、給与所得の金額一七八万七六〇〇円及び一時所得の金額九万一四六四円の合計額。

3  分離課税の長期譲渡所得について、本件建物及びこれに対応する本件土地の持分を買換資産に含めなかった場合の計算の根拠及び過程(本件処分の基礎となった所得金額の算出過程。別表三参照。)

(一) 原告良子

(1) 譲渡価額 二億四一〇七万四三三七円

本件土地の譲渡価額二億二〇六九万四〇〇〇円に原告良子の持分八万六〇五六分の七万六二六一を乗じて算出した一億九五五七万四三三七円及び本件土地以外の土地の譲渡価額四五五〇万円の合計額。

(2) 取得費 一二〇五万三七一六円

譲渡価額に法三一条の四(長期譲渡所得の概算取得費控除)第一項の規定による一〇〇分の五を乗じて算出した金額。

(3) 譲渡経費 一五五万五九五〇円

本件土地以外の土地に係る譲渡に要した費用の合計額。

(4) 買換資産の取得価額 一億二二八四万五六四六円

被告主張買換資産の取得価額一億三八六二万四〇〇〇円に原告良子の持分八万六〇五六分の七万六二六一を乗じて算出した金額。

(5) 総収入金額 一億一八二二万八六九一円

本件土地に係る譲渡価額から(4)の買換資産の取得価額を差し引いた残額七二七二万八六九一円(昭和五六年政令第七三号による改正前の租税特別措置法施行令(以下「法施行令」という。)二五条の四第二項参照)と本件土地以外の土地の譲渡価額四五〇〇万円の合計額。

(6) 取得費及び譲渡経費の合計額七四六万七三八四円

本件土地以外の土地に係る取得費及び譲渡経費の合計額三八三万〇九五〇円と、本件土地に係る取得費に本件土地に係る総収入金額が同譲渡価額に占める割合を乗じて算出した金額(本件土地の総収入金額に0.05を乗じて計算した金額と同額)三六三万六四三四円の合計額。

(7) 特別控除額 一〇〇万円

本件土地以外の土地に係る長期譲渡所得の特別控除額(法三一条二項)。

(8) 譲渡所得金額 一億〇九七六万一三〇七円

(5)の総収入金額から(6)の取得費及び譲渡経費の合計額並びに(7)の特別控除額を差し引いた残額。

(二) 原告康廣

(1) 譲渡価額 二五一一万九六六三円

本件土地の譲渡価額二億二〇六九万四〇〇〇円に原告康廣の持分八万六〇五六分の九七九五を乗じて算出した金額。

(2) 取得費 一二五万五九八三円

(1)の譲渡価額に法三一条の四第一項の規定による一〇〇分の五を乗じて算出した金額。

(3) 譲渡経費 〇円

(4) 買換資産の取得価額 一五七七万八三五四円

被告主張買換資産の取得価額一億三八六二万四〇〇〇円に原告康廣の持分八万六〇五六分の九七九五を乗じて算出した金額。

(5) 総収入金額 九三四万一三〇九円

(1)の譲渡価額から(4)の買換資産の取得価額を差し引いた残額。

(6) 取得費及び譲渡経費の合計額四六万七〇六五円

(2)の取得費に(5)の総収入金額が(1)の譲渡価額に占める割合を乗じて算出した金額((5)の総収入金額に0.05を乗じて計算した金額と同額)。

(7) 譲渡所得金額 八八七万四二四四円

(5)の総収入金額から(6)の取得費及び譲渡経費の合計額を差し引いた残額。

4  本件土地譲渡及び買換資産取得とこれらに関する課税の経緯

(一) 原告らは、日商岩井株式会社との間で、原告らが本件土地を売買代金二億二〇六九万四〇〇〇円で同社に売却し、その対価として同社から二億一〇六九万四〇〇〇円に相当する建物及びこれに対応する本件土地の持分並びに現金一〇〇〇万円を取得する旨の売買契約を昭和五五年八月一日付で締結した。

(二) 日商岩井株式会社は、本件土地上に隣接建物及び本件建物を建築し、被告主張買換資産並びに本件建物及びこれに対応する本件土地の持分を(一)の契約に基づいて原告らに引き渡した。

(三) 原告らは、本件土地の譲渡に係る昭和五五年分の譲渡所得について、法三七条の五(既成市街地等内にある土地等の中高層耐火共同住宅の建設のための買換え及び交換の場合の譲渡所得の課税の特例)の規定を適用し、隣接建物及び本件建物並びにこれらに対応する本件土地の持分が同条一項所定の買換資産に当たるとして申告を行った。

(四) これに対し、被告は、法三七条の五第一項所定の買換資産に当たるのは被告主張買換資産だけであり、本件建物及びこれに対応する本件土地の持分は同項所定の買換資産には当たらないとして、原告らに対し、本件各処分を行った。

第三争点に対する判断

一法三七条の五の立法趣旨と買換資産該当性の判断基準

1  法は、個人が、三大都市圏の既成市街地等内にある土地等(譲渡資産)の譲渡をした場合に、当該譲渡の日の属する年の一二月三一日までに、右土地等の上に建築された地上階数四以上の中高層の耐火共同住宅(主として住宅の用に供される建築物で政令で定めるものをいい、当該建築物の敷地の用に供されている土地等を含む。)の全部又は一部の取得をし、かつ、当該取得の日から一年以内に、当該取得した資産(買換資産)を当該個人の事業の用若しくは居住の用に供したときは、当該譲渡による収入金額が当該買換資産の取得価額以下である場合にあっては、当該譲渡資産の譲渡がなかったものとし、当該収入金額が当該取得価額を超える場合にあってはその超える金額に相当する土地等のみの譲渡があったものとして長期譲渡所得又は短期譲渡所得の課税を行うこととしている(法三七条の五第一項)。そして、右の「主として住宅の用に供される建築物で政令で定めるもの」とは、法施行令二五条の四第一項によれば、右譲渡資産の取得又は譲渡をした者が建築した建築物で、耐火構造又は簡易耐火構造を有する建築物であること(同項一号)及び当該建築物の床面積の二分の一以上に相当する部分が専ら居住の用に供されるものであること(同項二号)という要件のすべてに該当するものとすると定められている。

これらの規定は、証拠〈省略〉によれば、地価水準の高い三大都市圏の中心地である既成市外地等内における土地・住宅問題に対処するために、土地所有者が自ら行う立体化及び高度化による土地の有効利用の促進と住宅の供給増加を図る必要があるという観点から、昭和五五年度の税制改正によって設けられたものであることを認めることができ、右地域内の土地所有者が、事業の用に供されていない土地等であっても、その土地等の一部を譲渡して資金を造出し、その土地等の上に建築される中高層の耐火共同住宅を取得して利用する場合に、いわゆる買換えの特例を認め、課税の繰延べを認めることにしたものである。

なお、一棟の建物の一部に地上階数四に満たない部分があっても、それが建物の安全性や日照の確保、利用効率の増大その他土地の有効利用に反しない理由によるものである場合には、全体として地上階数四以上の建物として取り扱うことを妨げられないものというべきである。

2 右のような法の趣旨に照らすと、本件のように、それ自体では地上階数四以上及び共同住宅という各要件を充足しない建物(本件建物)が、それ自体で右各要件を充足している建物(隣接建物)と接合している場合には、両建物が全体として社会通念上一つの中高層共同住宅に該当するといえるか否かによって、本件建物に買換えの特例を適用することができるか否かを判断すべきであるところ、右判断に当たっては、両建物の構造面、機能面、利用面、経済面その他の事情を総合して、両建物が「一棟の中高層建物」といえるか否か、及び両建物が「一つの共同住宅」といえるか否かという二つの観点からこれを検討すべきであり、買換えの特例が適用されるためには、右両者の観点から両建物の一体性が認められることが必要であると解するのが相当である。

そして、前者の要件については、本来建物とは、外気分断性及び用途性を有する土地の定着物をいうものと解すべきであり、このような建物の特性は、建物の自重、これに対する荷重及び外力を支え、それらを地盤に伝える基礎によって安全性が保たれていることに由来するものであるから、右の両建物の一棟性の判断に当たっては、両建物の基礎が同一であるか否か、また、いずれか一方の建物を取り壊した場合における他方の建物の安全性への影響ということが最も重要な要素となるというべきである。したがって、たとえ両建物の地上部分の壁、柱、床等が分かれていてそれぞれの外観が異なり、両建物が別個に利用がされている場合であっても、両建物の基礎が同一で、一方の建物を取り壊すと他方の建物の安全性に影響を及ぼすような場合には、原則として、両建物は全体として一棟の建物というべきである。

更に、後者の要件については、一つの共同住宅というためには、それを構成する各居住者の生活空間が全体として一単位の生活空間を形成していることが必要であるところ、例えば、本件建物及び隣接建物の各居住者が相互に自由に行き来することが困難な状況にあり、かつ、共通に利用できる共用部分が存在しないような場合には、両建物は一単位の生活空間を形成しているとはいえず、他に特段の事情のない限り、両建物を一つの共同住宅ということはできないものと解すべきである。

二本件建物及び隣接建物の一体性について

前記一で述べた二つの観点から、隣接建物と本件建物が全体として「地上階数四以上の中高層の耐火共同住宅」に該当するといえるか否かについて以下検討する。

1  一棟の中高層建物といえるか否かについて

(一) 証拠(〈省略〉)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 隣接建物は、鉄筋コンクリート造陸屋根六階建で、日商岩井第一城北ハイツという名称で呼ばれるマンションであり、一階の六つの区分所有建物が貸店舗となっているほか、二階以上の部分の区分所有建物は居宅となっている。

これに対し、本件建物は、鉄筋コンクリート造銅板葺高床式二階建で、専ら原告康廣及びその家族の居住の用に供されている個人住宅である。また、建物に要した費用の坪当り単価は隣接建物の約四倍であり、隣接建物と比べ相当グレードの高い建物となっており、外壁は、隣接建物が白塗であるのに対し、本件建物は茶色がかった色彩のタイル貼りである。

(2) 隣接建物と本件建物とは、それぞれ各別の柱及び壁を有し、地上部分は肌離れをしていて、間に若干(設計上約五センチメートル、施工上約2.5センチメートル)の隙間があり、この隙間に木毛セメント板を入れて表面をアルミニウム製のエキスパンション金具等で覆うというエキスパンションジョイント方式により接続されている。

(3) 隣接建物及び本件建物は昭和五六年五月三〇日に新築され、隣接建物については、同年六月二四日、区分建物を有する一棟の建物の表示の登記がされ、本件建物については、原告らの同年七月一〇日付の建物表示登記申請により、同日、別棟の建物として表示登記がされた。

(二) しかしながら、他方、証拠(〈省略〉)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 本件建物及び隣接建物においては、地中にコンクリート製の杭(パイル)を埋設し、その上に建てる柱の脚部を基礎梁で接続する構造となっているが、本件建物と隣接建物の境の部分では、右杭の上の底板が共通であり、その底板の中に本件建物及び隣接建物の各柱脚部及び基礎梁があるという構造になっており、基礎を共通にしている。そして、両建物を切り離し一方を除却することは工法上必ずしも不可能ではないものの、これを行うと、他方の建物の重心に影響を及ぼし、それに対する手当をしないと安全性に問題が出ることになる。

なお、隣接建物と本件建物の構造計算は各別にされ、エキスパンションジョイント方式が採用されているが、それは、地震による応力を分散させて耐震性を向上させるという観点から行われているもので、同様のことは、一棟の建物についても、大規模な建築物の耐震性を高めるという観点からしばしば行われているものであって、この点は、両建物の一体性を否定するものではない。

(2) 隣接建物及び本件建物については、水道配管、ガス配管、下水道配管、電話配線、テレビアンテナ、動力幹線等が共通の系統で設計施工されている。

(3) 隣接建物と本件建物については全体で一通の申請書で建築確認申請がされ、右申請に対して建築確認がされており、容積率についても、隣接建物と本件建物を一体の建物として初めて適法とされているものである。

(4) 原告及びデベロッパーである日商岩井株式会社は、本件土地上に隣接建物及び本件建物を建設する共同事業の当初から、原告がすべての資産を買換資産として取得することを予定しており、本件建物と隣接建物を別棟の建物として表示登記申請したことは、必ずしも原告らの意思に的確に沿うものではなかった。そこで、原告らは、建物表示登記の更正登記請求等を検討し、結局、昭和五九年六月二九日付で、両建物を一棟の建物とする表示変更登記を了した。

(三)  以上の事実を総合すると、本件建物と隣接建物とは、基礎を共通にする一棟の建物として設計・建築されており、全体として一棟の建物というべきものであって、前記(一)で認定した両建物の地上部分の外観及び利用形態の相違等を考慮しても、両建物の一棟性は否定されるものではない。

2  一つの共同住宅といえるかどうかについて

(一) 証拠(〈省略〉)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 隣接建物及び本件建物は各別の出入口を有しており、本件建物の出入口は本件建物の北側(隣接建物と反対側)の公道に通じるように設置されている階段のみであり、隣接建物と本件建物を直接接続する廊下、通路、連絡口等はない。そのため、隣接建物から本件建物へ行くには、公道を通っていく方法のほかは、隣接建物の西側屋外に設置されている避難階段を降り、自転車置場や避難通路を経て本件建物の床下部分を通り抜けて行くしかない。しかも、本件建物の床下部分の駐車場は、高さ約一メートルの腰高の壁とホールディングゲート(蛇腹式に可動型の金属製仕切り柵)によって仕切られていて通り抜けが困難である。また、本件建物に通じる階段の入口には木製の扉が設けられており、右階段は、原告康廣らの専用の階段となっている。

(2) 本件建物は、隣接建物のマンション内には住みたくないという原告らの強い要望により、入口を別にするなどしてマンションとの行き来をなくした独立性の強い専用住宅として設計建築されたものであり、隣接建物内の共用部分、すなわち、隣接建物の玄関出入口、ホール、エレベーター、廊下等は隣接建物内の各区分所有建物の居住者、来訪者等のみが利用するもので、本件建物の居住者等の居住の用に供されるものではない。また、本件建物内には共用部分といえるようなものはなく、隣接建物の居住者等は、わずかに、本件建物の床下部分の一部を避難通路、自転車置場等として利用しているだけで、本件建物の一部をその居住の用に供しているものではない。

(二)  以上の事実によれば、隣接建物と本件建物とは、両建物の居住者等が相互に自由に行き来することが困難な状況にあり、かつ、各建物の居住者が共通に利用できる共用部分が存在しないのであるから、両建物は一単位の生活空間を形成しているものということはできず、全体として一つの共同住宅ということはできないものである。

3  したがって、隣接建物及び本件建物は全体として一棟の中高層建物ということはできるとしても、一つの共同住宅ということはできないものであり、結局、本件建物は、隣接建物と一体として「地上階数四以上の中高層の耐火共同住宅」に該当するものと認めることはできない。

第四まとめ

よって、被告が本件処分に当たり、法三七条の五第一項所定の買換資産に当たるのは被告主張買換資産だけで、本件建物及びこれに対応する本件土地の持分は同項所定の買換資産には当たらないとしたことは適法であり、その余の課税要件についてはいずれも当事者間に争いがないのであるから、本件処分は各原告の所得を過大に評価したものではなく、いずれも適法な処分であると認めることができる。

(裁判長裁判官浦野雄幸 裁判官杉原則彦 裁判官岩倉広修)

別紙〈省略〉

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